2022年北京オリンピックの感想、総括

スポーツ

2022年北京オリンピック開幕

ウイグルの人権問題が何も解決していない最中、北京オリンピックがついに始まった。

大して期待もしていないし、ああそう、くらいのものだったが、いざ始まると、なんて楽しいのだろう。

忘れてた、東京オリンピックの時に感じたワクワク、高揚感が、また胸に沸き起こる。

開催国が中国、というのは何とも引っかかるが、やはりスポーツの頂点を決める、というのは面白い。

開会式

開会式は、冷ややかな目線で見ていたが、演出自体は所々目が行ってしまうものがある。

比較的短い時間ではあったが、東京オリンピックよりも豪華で華やかだったんじゃないか。

演者もたくさん出ているだけでなく、氷が割れて五輪マークが出てくる所とか、映像や光を使った演出で、テクノロジーを駆使出来ている。

東京オリンピックは、今思えば感染者を気にして中途半端にやるより、本気で力を入れてやって欲しかった。

下らないゴタゴタで、MIKIKOがいなくなり、椎名林檎が降り、演出する側が目まぐるしく変わり、結果演出は小さく収まった。

選手の入場曲を杉山こういちを始めとしたゲーム音楽にするなど、時間がない割には知恵を絞った感があるが、それでも足りなかった。

まあ、もう今言っても後の祭りだ。

しかし、式の後半にイマジンの曲がかかるのは、うさんくさかった。

最終聖火ランナーにウイグルの選手を使うとか、そんなことでは帳消しにはならないぞ、騙されるか、と思う。

高梨沙羅~ノーマルヒル、ジャンプ混合

・ノーマルヒル4位、メイクに対する批判

ノーマルヒルでは、高梨は振るわず、4位。

頑張った、オリンピックに照準が合わないこともある。

男女通じて61勝・表彰台110回、女子のシーズン個人総合優勝4回、いずれも歴代一位である、というもの凄い記録を打ち立てている彼女。

しかし、最近は、ずっと表彰台一位で来ていた訳ではないから、この4位は必ずしも不思議ではない。

メイクをするくらいなら練習しろ、などという批判がネットの一部であるようだが、うん、確かに自分も昔はそう思っていた、今も高梨選手に限らず、アスリートに思うことはあり、言いたいことは分からなくもない。

成績が振るわないのに髪を金髪にしている、チャラチャラしている印象を受けるサッカー選手とか、今はそうでもないが、昔はサッカー選手によく思っていた。

サッカー日本代表は、昔は今ほど成績が良くなかったし、必死さが感じられない人に限って、似合わないのに髪を染めていて、見ていてイラッとすることがあった。

究極的には、似合っていれば良い、必死さが分かればいい、成績が良ければいい、人によってお前はするな、お前は良い、みたいになってくるから、一概に外見だけで言うのは難しい。

ただ、有名人であれば、成績が伴わなければ、何を言われてもしょうがない、とも思う。

合っている批判もあれば、筋違いの批判も、玉石混交の批判を覚悟しなければいけない。

それを自分でうまくさばきながら、むしろ間違っている批判を怒りのエネルギー燃料にしてしまえば良いとも思う。

彼女は、メイクをする以前とメイクをしている今では、顔の印象が全然違うし、目鼻立ちも整っていて美人だし、子供時代を知っている人からしたら、ガラッと大人の女性になった印象を受ける。

本人はメイクが好きらしいから、ナチュラルにメイクする以上に力を入れてしまうのかもしれない。

特に、目は昔と別人のように違うから、目立ってしまうのも仕方ない。

個人的には、もうすでに美人なんだから、目はもう少し抑えめの方が良いんじゃないかと思う。

なんで?ということだが。

スノーボードやスキー系の人で、目をしっかりメイクしている日本代表がたくさんいるのに、なぜ高梨選手だけ?

それは、きっと、高梨選手が小さいころから活躍しているのを、見ていた人がたくさんいるから、やっかいな親戚のおじさん、おばさんのようになってしまっている人がたくさんいるんだろう。

ずうずうしいね、自分も含め。

メイクしたから成績が落ちているとは限らない、むしろ、モチベーションをメイクすることで保っているからもしれない。

メイクしなかったら、引退するほど成績が落ちているかもしれないし、良い方に作用している可能性も十分ある。

批判する人は、みんな各々の自分勝手な高梨沙羅像を自分の中に作っていて、それから外れて欲しくないとすがっているだけ。

それはもはや存在しない偶像、妄想である、とも言える。

しかし、それほどに国民みんなが注目している、まわりが勝手に理想像を作ってしまうくらい、期待している、という裏返しでもあるから、あまり気にせず、聞き流していれば良いとも思う。

むしろ、そんな既存の像をぶち壊すという意味でも、メイクすることには意味はあるかもしれない。

 ・ノーマルヒル男女混合の悲劇

高梨は、ノーマルヒル男女混合で、スーツ規定違反という嫌がらせのようなルール違反で突如失格になってしまい、二回目のジャンプを飛んだ後に泣き崩れていた。

来ているスーツの幅が、規定より2〜4センチ大きいと、違反と見なされ失格になり、その検査は競技前に行われ、競技後にも抜き打ちで検査され、日本の高梨以外に、ドイツ、オーストリア、ノルウェーの4か国、計5人の選手が失格になった。

高梨が失格にならなければ、日本は銀、もしくは金も狙えた位置なので、泣く気持ちは分かる。

日本だけでなく、他の国も、失格にならなければメダルを十分狙えた国ばかりだ。

高梨は泣く必要はない、なぜなら、このルールが訳わからないからだ。

ただの嫌がらせである。

競技前にチェックし、君ちょっと違反してるよ、着替えてもう一回チェックね、はいオッケーで終わりだろう。

チェック後に来たスーツは、上半身は出しても良いが、着替えたら失格、とかにすれば良い訳で、なぜ時間が経ち、体が変化している可能性のある競技後に再度チェックする必要がある?

嫌がらせ以外の何物でもない、ボクシングの試合後に再度軽量して、体重オーバーだから試合で勝ったけど失格と言ったら大ブーイングだろう。

最低の行為で、スキージャンプ界の闇を感じる。

おかげでドラマチックになったけど。

しかし、もし日本選手が失格になっていなければ、他の国の選手が失格になっても、ふーん、それは酷いね、だけどそれがあるってあらかじめ分かってるんだから、考えておかなない方が悪い、日本は金メダルで良かった、と思っていたかもしれない、と思うと怖い。

そういう意味で、高梨が失格になって良かった、闇をあぶりだせた、と言える。

高梨は何も悪くないし、スタッフは自分たちのミスと言っていたが、スタッフも悪くない。

強いて言えば、そんなおかしなシステムがあるのに、もっと声高に抗議してこなかった日本のスキージャンプ関係者のお偉いさんたちが悪い。

スタッフたちが声を上げていなかったとしたら、現場のスタッフにもその一因はあり、それがミスと言えばミスではある。

だから、一番逆襲する方法は、日本が失格者を出してもメダルを取ってしまうことだった。

4位ということで、8位から大分上げたが、一歩足りなかった。

高梨が矢面に立ってしまうが、本当は、高梨や小林以外の選手、例えば伊藤が、二本とももっと高いジャンプを出していれば、十分メダルは取れただろう。

伊藤は、一本目は93,二本目は88、と、悪く言えば足を引っ張っていて、高梨は103、98.5と、失格になった後も良いジャンプをしているのだから、高梨は頑張った。

欲を言えば、泣くよりも怒りで、二本目を105とか出して、検査した連中の度肝を抜いて欲しかった。

また検査されて失格にされたりして。

こんな理不尽な事は、人生においてもあることで、そんな時にいかに立ち向かえるか、が人間の本領発揮だと思う。

むしろ、すっと受け入れて、立ち向かう姿に人は心を動かされる。

高梨は頑張ったが、泣く必要はない。

むしろ怒れば良い。

そういう意味で、日本選手は、理不尽に立ち向かって頑張った、と言える。

平野歩夢~スノーボード ハーフパイプ男子

スノーボード男子ハーフパイプで平野歩夢が優勝した。

3回の試技のうち、一回は転んでしまったが、2回目、3回目と良いジャンプを飛び、優勝した。

私は見ていて、平野は2回目で完全に1位になった、と思っていたが、スコッティ・ジェームズの方が上という結果で、不穏な空気感を感じた。

確かに、スコッティは技の種類が豊富かもしれないが、平野の方が、よりくるくると回り、難しい技をやっているのは素人目にもわかった。

どうなることかと思っていたが、3回目の試技で、平野は同じ難易度の高い連続技を、もう一度、しかもより高さや切れが増した状態でやり、今度こそ1位に立った。

私は見ていて、平野は怒ったんじゃないか(もし自分だったら腹が立つから)、と思っていたが、放送後の平野のインタヴューで、やはり怒りがあったと言っていたので納得した。

なんでこんなことになるんだろう?

大きな大会での、不可解な判定というのは、いつのオリンピックでも必ず起こることだ。

私が思うに、一つは、スコッティの方が身長が大きく(スコッティは185㎝、平野は165㎝)、平野ほど回転技をしなくても、かなり派手で技が大きく見える、ということはあるんじゃないかと思う。

欧米の大柄な選手に目が慣れている人は、それに比べたら小柄な平野が、たくさん空中で回転しているのは、こじんまり見える、あまりはっきりと見えないんじゃないか?(ちゃんと見て!)

もう一つは、感情の表現の違いで、平野はあまり主張をせず、淡々と技をこなし、比較的静かに喜ぶが、スコッティは喜びを爆発させていたから、審判の気持ち的に、平野をすごいと思いづらかった、雰囲気に流された、というのもあると思う(流されないで!)。

この2つが合わさって、審判団の審査にバイアスがかかったんじゃないか?

テレビで見ていたら、アップにもなったりするし、よく分かるが、もし審判席からだけしか見えないとしたら、パッと見はスコッティの方が判断はしやすいと思う。

そこそこすごい技を大きい選手が派手にやり、感情を爆発させて喜んでいるのと、めちゃくちゃすごい技を小柄な選手が淡々とやって、普通にしているのと、ちゃんと見ないと判断できない、ということなんじゃないか?

ちゃんと判断するために審判はいるんだから、それが出来ないなら、システムを根こそぎ変えなきゃだめだと思うが。

映像確認や、AIの判定も合わせてやるとか、ずっと見て判定し続けていたら、審判も疲れてくるのは分かるが、そこらへんって、相変わらずグズグズなんだろうと思う。

これがもし、これ一回のみの判定だったら、もうどうしようもなかったと思うと、非常に怖い。

もう一度飛べる状態でこの判定が出たから、逆に良かった、とも言える。

もし、2回目で平野が圧倒的な1位になっていたら、3回目の切れと高さが増した怒りのジャンプは見れなかった訳だから、結果的には非常に良い絶妙な流れだったと言えるかもしれない。

疑惑の判定で物議を醸したまま悔しくて終わるのか、気持ちよく終われるのか、その瀬戸際で良い方に持って行けたケースである。

しかし、スノーボードの技系の競技は、アジア人の方が有利なんじゃないか?

アジア人というか、手足が長く大柄の欧米選手は、どうしても空中で回転する時に重力の負荷が大きくて、出来る技に制限があるんだと思う。

レジェンドのショーン・ホワイトも、175㎝とそこまで大きくないし、身長は関係あると、最近のスノーボード、スケートボード選手の傾向を見て思った。

大柄のスコッティ・ジェームズは銀メダルだから、必ずしもそうではないだろうが。

スコッティ・ジェームズは、平野と同じ技のメニューはきっと出来ないだろうから、かなり差はある様には思う。

女子カーリング予選~準決勝~スイス戦

・ロコ・ソラーレ~決勝への一戦

平昌オリンピックで銅メダルを取ったチーム、LS北見こと、現ロコ・ソラーレは北京オリンピック予選でも頑張っていた。

スウェーデンに負けたが、その後は韓国に負けるまで4連勝だった。

スイスにも負けたが、なんだかんだで準決勝に進むことになった。

カーリングって、見ているとかなり長い時間だが、見ているうちにだんだん面白くなってくる。

ロコ・ソラーレが結構強い、というのもあると思うが。

私は、基本的に録画したのを早送りして、ストーンが残り3個くらいになってからちゃんと見る、というにわかな見方をしている。

韓国戦くらいからはフルに近い長さを頑張って見ているが。

全チームの中で、日本が一番声を出して、細かい会話を行っているんじゃないかと思った。

スイスも結構話している方だとは思ったけど。

そういう意味で、意思疎通は日本チームが一番出来ているのかなと思う。

個人的には、あのトーンの雰囲気の会話はかなり苦手である。

もし自分があの会話の中にいたと思うと、対応できずに疎外感を感じてしまいそうだ。

予選リーグが後半になるにつれ、スキップの藤澤のショットの成功率が下がってきていると感じた。

韓国戦やイギリス戦もそうだが、今まで決めていたような簡単なショットもミスするようになっていた。

精神的なプレッシャーもあるのかな?

予選の最後にむけて、藤澤はどんどん弱気になって行っている気がした。

藤澤だけのせいでは全くないのだろうが、自分のせいで、と責任を感じているのかもしれない。

予選が終わり、皆で抱き合って泣いて、北京オリンピックの最後の時を噛みしめていたが、一転ショット率の差で準決勝進出が決まると驚いて大喜びした。

そしてまたみんなで泣いた。

今度は嬉し泣きか、ほっとしたのか、違う涙が流れた。

笑ったり泣いたり、忙しい。

次の準決勝での連続でのスイス戦は、ロコ・ソラーレは何とも明るく、良い時の雰囲気で臨んでいた。

少し失敗して反省する感じの時も、一定の明るさを保ったままで、完全に落ち込むことはない感じ。

デフォルトの感情が皆高いというか。

予選終わりの泣き笑いでスッキリしたのかもしれない。

その感じで最初から試合に臨み、スイスの方が押されているように感じた。

スイスは調子が悪いのか、雰囲気に押されているのか、ミスも多く、第五エンドで日本が4点という大量得点をしてから、大分顔色が悪くなっていた。

4点取った時は気持ち良かった。

第9エンドでのピンチで、相手のストーンを3つ押しだした時もスカッとした。

その後の藤澤のショットも、ピンチを見事に救った。

この試合、大事な所で大事なショットをことごとく決める、という本来の藤澤らしさが爆発していた。

そのままの勢いで10エンドも押しきり、なんとか決勝進出、銀メダル以上を確定させた。

微妙に確変に入っているような調子の良さを感じた。

いやー、ハラハラした、やはり予選よりも、見ていて力が入ってしまう。

途中で敗退したらもう関心を失ってしまうが、優勝いけるんじゃないか、と思ったらより集中して見てしまう。

人間とはなんと都合の良い生き物か。

同じ日本人というだけなのに、気付いたらいけーと応援し、ミスしたらチッと舌打ちをしてしまう。

おかげで楽しめた、このスイス戦は実に気持ちよく見せてもらった。

このまま決勝も行ってしまって欲しい。

優勝してからは思う存分泣けるんだから、この強いままお願いしたい。

しかし、このスイス戦が終わり、また泣いて抱き合っているロコ・ソラーレを見ると、涙腺を刺激されてしまう。

喜怒哀楽を爆発させるのが、彼女たちの武器かもしれない。

決勝では、もうより一層しゃべりまくり、相手を引かせるくらいしゃべって自分たちの雰囲気で飲み込んでしまって欲しい。

・「もぐもぐタイム」という言葉~男子カーリング準決勝

ところでもぐもぐタイムってなんだ?

おじさん、おばさんが食べている所は、ただの食事なわけで、彼女たちが食べるともぐもぐタイムになるのか?

その境界線はなんだろう?

若くてかわいらしいということか?

確かに、ちょっとキャッキャした雰囲気があるから、それでか?

私は確実に食事と称される側である。

男子のカーリング準決勝、スェーデンVSカナダ戦を見たが、全く違う競技かと思った。

全員がたいは良いわ、ひげはもしゃもしゃ生えている人もいるわ、髪が少ない人もいるわで、「もぐもぐ」などという言葉が到底似あわないような迫力でストーンを投げ、スイープをしていた。

ロコ・ソラーレをずっと見ていたからか、そのギャップがすごい。

カーリングは真上からカメラで撮られるので、カナダの男子選手2人、髪の少ない二人が必死にスイープしている真上からの映像が新鮮だった。

向こうからしたら、日本のロコ・ソラーレも新鮮に映るのだろうけど。

試合は第10エンドで3-4でスウェーデンがリードしているという大接戦で、カナダの最後の一投は、同点にも出来るけど二点を取りに行くという賭けに出て、結果うまくいかずにスウェーデンが決勝進出した。

これも非常に面白いゲームであった。

よく考えたら、女子も日本以外はみな大柄な人の方が多い気がする。

ロコ・ソラーレのおかげで、なんかカーリングってオシャレとか、スタイリッシュ的なイメージがあるけど、本当はかなりの体育会系のスポーツなんだろう。

あの重いストーンを投げ、思い切り氷を削るようにはいたりする訳だから、実際やってみたらまあ大変な競技だろうと思う。

女子スピードスケート

・ショートトラック1500m 菊池純礼~順位決定戦

菊池純礼はショートトラック1500mで準決勝に進んだが、接触転倒があり、救済措置で順位決定戦に進んだ。

その順位決定戦は、今期冬季オリンピックの中で、見ていて一番と言えるくらいスカッとする面白いレースだった。

レースが始まって、2週目の序盤に猛スピードで後ろから追い上げて一位になり、さらに加速してどんどん後続集団を引き離していく。

後続集団は誰もついていこうとせず、さらに菊池は進んで、2位以下の後続集団に後ろに付く、つまり集団の中で菊池だけ一周多く滑っている、という珍事が起きた。

そのままレース終盤になり、集団は多少スピードを上げるが、すぐ後ろにいる菊池に追いつけるはずもなく、菊池はそのままぶっちぎりの一位でゴールした。

これは、面白い。

よくぞやってくれた、と思う。

こういうのを見ると、スポーツってエンターテインメントでもあるんだな、と再確認させられる。

コロンブスの卵というか、なぜ誰もこれをやらなかったのか、とすら思う。

駆け引きで、後半になってからスピードを上げてギリギリでさして勝つ、というのばかりセオリーになっている気がする。

それは、よほど実力がある選手でないと出来ないし、いきなりトップスピードで飛ばし続ける、という型破りな人がいた方が面白い。

後続集団は、変な集団心理が働いて、みんなして追いかけない、という間違った選択を全員でしてしまった。

菊池につられて体が動いた選手もいたが、すぐに追いかけるのを止めた。

ここでの対処法は、菊池を追いかけることだけだったのに、全員それに気づかない、という変な穴にはまった。

菊池が後半で必ずばてて遅くなる選手だ、とデータがあり完全に把握しているのなら分かるが、菊池という選手がどんな選手か知らないのであれば、万が一に備えてついて行くべきだった。

そこらへんの雰囲気も、菊池は感じ取って前に出た気もするので、まさにしてやったりのスカッと感がある。

ちなみに、この時の菊池のタイムは2分37秒で、決勝戦での一位の選手の優勝タイムは2分17秒と20秒早く、もし菊池が決勝に行けていて、決勝で同じことをしたとしたら、通用しなかった可能性もある。

この試合の時よりももっと加速したとしたら、行けたかもしれない。

決勝だと、多分菊池が前に出づらい雰囲気だろうし、出ても誰かしら必ずついて来るんだろうと思う。

この試合なら行けると踏んだから行ったわけで、それは菊池も承知してることだろう。

菊池は試合後のインタヴューで、楽しかった、と言っていた。

見ていてこっちも楽しかった。

8位という順位だが、ある意味メダルとを取るよりも価値のある8位であると思う。

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