2021年末のテレビのスペシャル番組の残念さ

テレビ

ガキの使いSPに変わるバラエティ番組の不在

今年の年末ほど、テレビが面白くないと感じたことはない。

もう、テレビにかじりつくような時代ではなくなったのだろう。

今までの年末は、ガキの使いの大晦日スペシャルや、格闘技、紅白歌合戦など、そこそこ見たくなるような番組が少なからずあった。

ガキの使いに関しては、10年くらい前からゆるくなり始め、最近はもう以前の鋭さの見る影もなくなってしまったので、むしろ終わった方が良いんじゃないかと思っていたから、なくなっても構わなかった。

しかし、いざなくなって、その代わりとして日テレでは笑う大晦日と称して、お笑い芸人のネタを散々と流し続ける、というのは、それなら無理にでもガキの使いをやった方が良いんではないかと思ってしまった。

ガキの使いスペシャルの力が衰えたといっても、それにすら変わる番組を作れなかった、という酷い結果になってしまっている。

今テレビに出てネタをやっている芸人で、これは見たい、という芸人など、残念ながらほとんど存在しない。

若手のネタがいまいちなのはしょうがないかもしれないが、ネタを年に数回しかテレビでやらないMCクラスの中堅、ベテラン芸人ですら、ネタはまだしも、本気で面白い企画をやろうなどとは思っていない感じが、ひしひしと伝わってくる。

サラリーマン的な感覚というか、頭をひねる必要もなくそのままテレビに出て、適当にその場を立ち回り、若手のネタを見てケラケラと笑って終わりというような、良く言えば平和的で、悪く言えば自分が食えてればいい、というような感じ。

そんな人達を何時間見ようが、時間の無駄でしかない。

昔のたけしや、昔のダウンタウンのような、何をするか分からないワクワクなど、もうとっくになくなってしまっている。

まあ、それは今に始まったことではないが。

それにしても、ガキの使いスペシャルの後番組にしては、さらに下がってしまっている。

というか、私はほとんど見ていないので、悪口をいう資格はないかもしれないが。

二回チャンネルを回してみたら二回ともCMだったので、間が悪いのは自分じゃない、もういいや、と見ようとするのを止めた。

その後少し見たが、ネタをやっているだけだったので、また見る気をなくした。

今のお笑いは、面白いから見るのではなく、染之助染太郎のような、ただめでたいから見る、というような、訳の分からないことになっているのではないかとすら思ってしまう。

むしろ、染之助染太郎を見ている方がいらつかなくて良い。

みんな、面白いとは何か、ということを、こうして忘れていくんだと思う。

バラエティー番組が面白くないのは、芸人だけのせいではない。

面白いものを作らなくても生きていけるようになった、食っていけるようになったテレビマンたちのせいも大きい。

その背景には、面白くなかったらネットに流れてしまう視聴者の環境、そもそもネットが発展し、テレビを見る必要がなくなった時代の流れなど、複合的な要因があるのは確かではあるが。

誰もが誰も、お互いに襟を正すような環境がなくなり、テレビは面白くあるべきだ、という姿勢が、ちょっとづつ砂の城を崩すように侵食され、いつの間にかなくなってしまった。

今までと同じようにテレビは存在しているが、今までとは明らかに違うものになってしまった。

もし、ダウンタウンが全く年を取らず、全盛期と同じ力を未だに保ち続けているとしたら、テレビは確実に面白かっただろうと思う。

ダウンタウンというか、ほとんど松本だが。

面白い人がいなくなってしまえば、面白い、ということすら、なんだったのか分からなくなってしまう。

逆に、面白い人さえいれば、その人に引っ張られて、世界は変わる。

コンプライアンスが厳しいだの、ユウチューブがあるだの、関係ない。

面白ければ、人はそれを見る。

時代の流れでしょうがない、というのは、都合の良い言い訳でしかない。

ただ、面白い人がいないだけの話し。

この暗黒時代を切り抜ける芸人が出てくることを願う。

RIZIN、格闘技界の陰り

格闘技に関しても、以前ほどワクワクしなかった。

なぜだろう?

ライジンは全部見たけど、もう、ほとんど記憶にないと言っても良い。

那須川と五味の試合は、ごみは頑張ったけど試合自体はそこまでじゃないし、シバターは勝ったけど、別に嬉しくもない。

朝倉兄弟も、結果がどうであれ、さほど人格的に応援したくなる人達ではない。

レナもしょっぱい試合で、一番良かったのが、最後にダイジェストでちょろっとだけ放送された、関根シュレックとシビサイの試合だった。

なぜ、これをちゃんと放送しないのか分からない。

背が20センチ近くも違う関根が、大きなシビサイに劣勢からジャーマンスープレックスを叫びながら決め、最終的に勝ってしまうのは劇的で面白かった。

関根は巨人症であり、病気の治療とも戦いながら、元警察官で43歳で格闘家に転身し、この試合の時は47歳で、自分よりも大きい30歳のシビサイをプロレス技を交えながらやっつけてしまった。

裏にストーリーがなければいけないという訳ではないが、単純に試合として面白く、これがダイジェストでしか放送されなかったのは非常に残念だ。

むしろ、この試合がメインなのに(それは結果論かもしれないが)、他のそうでもない試合がこれよりガッツリと放送されている、というなんとも皮肉な結果になってしまっていた。

こういう試合がたくさんあれば、民放で一番面白い大晦日番組と言えたかもしれない。

なので、関根の試合は良かったとしても、昔の格闘技熱のあった頃に比べたら全体としては到底及ばない内容になっている。

猪木があまり関わらなくなり、桜庭や五味など盛り上げてきた人達が年を取り、若い朝倉兄弟やレナなどが盛り上げてくれているが、それでも足りない。

これは、なぜだろう?

お笑いで上述したのと同じで、時代の変化も大きいのかもしれない。

自分自身、格闘技を見たいとあまり昔ほど思わなくなっている。

それは、見ようと思えば、ユウチューブですぐに見れてしまうから、見たいという気持ちが溜まらずに分散してしまうのかもしれない。

今は海外の格闘家の最新の試合すら、ユウチューブで簡単に見れてしまう。

昔は、見たいけど見れない、だから見たい見たいという気持ちが増幅し、一年間溜まったその視聴者の強大な念に、興行主が大波に心して乗るがごとく、遊び心の入ったワクワクする対戦のブッキングをぶつけ、視聴者の期待に応えていたのかもしれない。

見たい、という気持ちが大きければ、それだけ興行側も生半可なものは出せないから、自然と触発されて面白い方に動く。

今はそれが分散されているから、プレッシャーもなく、良いブッキングが行われない、行う気にならない、自然と知恵や遊び心が働かないんじゃないか?

それもまた、テレビという媒体に置いて、お笑いと似たような衰退を見せていると言える。

視聴者がネットに流れてしまうなら、テレビでしか見れない質の高いブッキング、演出をやればいい。

テレビマンや興行主が知恵を絞りだして視聴者を釘付けにし、選手も触発されて出たいと思わせ、選手の指揮も上げてしまう様な。

それが何なのかはよく分からないが。

以前の様に、猪木やその弟子たちや、桜庭、五味のような、良い意味でおかしな、ハングリーな人たちがすでにいて、ネットも発達してなかったから、自然と盛り上がってしまう、成立する、という様な状況とは全く違うから、なかなか難しいかもしれない。

そもそも、今の選手自体、ユーチューブでもそこそこ稼げるし、さほどハングリーでもないというのもある。

例えば、朝倉未来が、シビサイのようなヘビー級と戦うのだったら、面白い。

体重が違いすぎて危険だから、ルールは多少詰めたとしても、これは見たいと思う。

しかし、今の時代、仮に朝倉が勝ったらすごいとなるが、負けたら、こんな体重差のあるブッキングは酷い、と後からネットで炎上したりするかもしれない。

それは、朝倉の男気を腐す行為なので、朝倉を称える方向に行くのが筋なので、そんな炎上は無視すればいいのだが。

朝倉も朝倉で、自分は強いと自負している割に、自分よりも体格が大きい人とはやらないように徹しているみたいだから、なんだかなあと思う。

体格差のある人とやれば絶対面白くなる、と言っている訳ではなく、朝倉は自分よりも強い人間と闘いたい、という欲のようなものが感じられず、見ていて応援しづらい。

弟のかいもそんな感じだ。

今どきの子、といってしまえばそれまでだが、今は朝倉兄弟が格闘技界を引っ張っているような感じでも、2人とも安全圏で闘っているような気がして、2人が勝とうが負けようが、どっちでもいいと思ってしまう自分がいる。

どっちかといえば、負け続けてがけっぷちになる方が、ドキュメントしては面白いが。

朝倉未来は確かに強いが、もう一枚何かが剥けないと、彼は昔の格闘技界にいたようなスターにはなれないと思う。

彼だけにテレビの視聴率や、格闘技界の盛り上がりを背負ってもらおうと言っている訳ではないが、選手の代表的、若手のエース的存在なので、頑張ってほしいと勝手に応援している。

興行側を揺さぶって動かすくらい、選手たちを底上げして欲しいと思う。

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